東京高等裁判所 昭和26年(け)10号 判決
被告人は、昭和二十五年八月一日東京地方裁判所の言渡した判決に対し、控訴の申立をなしたところ、東京高等裁判所から昭和二十六年四月二日付にて、控訴趣意書を五月一日までに提出するようにとの通知があつたので、直に妻を通じ弁護士Kにその提出日を明示して趣意書を提出してもらうように依頼した。その後一週間も経過しないうちに、母親と妻が面会に来たので、そのことを訊ねたところ、同弁護士は同日までに趣意書を提出することを承諾したとのことであつたので安心していた。又五月二十四日偶々K弁護士が面会に来たので、そのことを問うたら、同弁護士は控訴手続さえしてあれば大丈夫である。前後の刑を併合するべく考えているとのことであつたので同弁護士を信頼していた。ところが六月二日に至り控訴棄却の決定を受取つたので驚愕した次第である。以上の次第であるから御調査の上善処願いたく異議の申立に及ぶ。
というにあり。
又弁護士K名義の追加理由の要旨は、
第一 刑事訴訟規則第二百三十六条によれば、控訴趣意書の提出期日は控訴申立人に通知することを要する。しかして本件控訴申立人は弁護人たるKであるのに、前記の通知は之を受取つていない。従つて控訴趣意書の提出期限を徒過した結果となつた。
第二 本件は窃盜被告事件であるから弁護人が選任されなければ裁判出来ない。もし私選弁護人が選任されない場合は国選弁護人を選任することを要する。しかるに本件については、何等弁護人の選任なきに拘らず、被告人が趣意書を指定期間内に提出しなかつたとの理由を以つて控訴を棄却する旨の決定をなしたのは、不法に弁護権を制限した違法があるものである。
第三 被告人には本件窃盜事件の外に、昭和二十六年三月二十七日東京地方裁判所において窃盜罪により懲役二年未決勾留日数中二百二十日を本刑に算入する旨の判決を受け、現に控訴手続中の事件がある。よつて本件異議の申立を許可せられ原決定を取消した上右両事件を併合審理を願いたく、仮りに併合審理ができないとすれば、両事件を綜合考量して刑を減縮願いたく、又被告人は昭和二十四年五月二十八日勾留せられ、昭和二十五年一月二十三日釈放されたが、別事件にて同年八月十二日より現在まで勾留せられているのであるからその未決勾留日数の通算を願いたい。
というにある。
被告人に対する窃盜被告事件の記録に徴すれば、被告人は昭和二十五年八月一日東京地方裁判所において、懲役一年六月未決勾留日数中百日通算の判決を受け、翌二日原審弁護人K弁護士は、被告人のため適法な控訴の申立をなしたこと。控訴裁判所たる東京高等裁判所は、被告人に対し、弁護人を選任することができること、貪困その他の事由によつて弁護人を選任することができないときは、弁護人の選任を請求することができる旨を記載した弁護人選任に関する通知と昭和二十六年五月一日までに控訴趣意書を提出すべき旨を記載した控訴趣意書提出期間の通知を送達し、右各通知は同年四月二日被告人に送達されたこと(被告人は勾留中につき東京拘置所長宛に送達し、看守部長松本竜次が之を受領している)。之に対し被告人は同年四月二十一日付にて、私選弁護人を選任する旨の回答をなしたこと。その後被告人は、私選弁護人を選任した旨の弁護届を提出せず且つ控訴趣意書の提出をもなさずして前記提出期間を徒過したこと。控訴裁判所は同年五月三十一日付にて、期間内に控訴趣意書を提出しないとの理由にて本件控訴を棄却する旨の決定をなし、その決定書の謄本は同年六月一日被告人に送達された(括弧内同前)ことを認め得る。
しかして原審弁護人K弁護士が被告人のために適法な控訴の申立をなしたことは前記のとおりであるが、刑事訴訟規則第二百三十六条第一項にいう控訴申立人とは、被告人又は検察官であつて原審弁護人が控訴の申立をしたとしても、同条項の前、後段を比照すれば、こゝにいう控訴趣意書提出期間の通知を受くべき控訴申立人は被告人であつて、前記弁護士でないことは明らかである。又一件記録を精査するも、K弁護士が本件控訴棄却の決定があるまでに、控訴審における弁護届を提出した事跡はこれを見出すことはできない。しからば、原審弁護人たるK弁護士に対し、控訴趣意書の提出期間を通知しなかつたからとて、控訴裁判所には、何等手続上の瑕疵はない。次に控訴裁判所が、被告人に対してなした弁護人選任に関する通知に対して、被告人から前記のように自ら弁護人を選任する旨を回答した場合には、裁判所としては、国選弁護人を選任する義務を負わない。又裁判所が控訴趣意書提出期間の通知をする際に被告人に現に弁護人のない場合には、一旦国選弁護人を附した上でなければ通知をすることができないものではない。(昭和二十六年二月九日最高裁判所第二小法廷決定参照)しかして被告人は前記のように弁護人選任の届を差し出さず且つ期間中に控訴趣意書の提出をもしなかつたのであるから、控訴裁判所が刑事訴訟法第三百八十六条第一項第一号により本件控訴を棄却する旨の決定をなしたのは当然であつて何等弁護権を制限した違法あるものということはできない。
被告人に所論のような事由があつたとしても、前記判断を左右するに足りない。
前段説示のとおりであるから、K弁護士の追加理由第三については、更にここに判断を加えるべき限りでない。以上の理由により、刑事訴訟法第四百二十八条第三項第四百二十六条第一項に則り、本件異議の申立は理由なきものとし、主文のとおり決定する。